たっきーです。
今から何も清貧を説こうというつもりはありません。お金について、思うことをちょと書いてみます。
僕と姉で創業したETVOS(エトヴォス)が、LVMHグループに買収されました。ルイヴィトンとかを要するブランドグループです。
姉は、株の大半を持っていたので、いわゆるセルアウトに成功し経済的に余裕がでたんじゃないでしょうか。僕はエトヴォスを辞めた時に、株の持ち分を姉に無償譲渡したので、1ミクロンも入りません。
でも 、正直いって嬉しいです。僕が生むだけだけ生んで、丸投げしたエトヴォスを、姉は、磐石な体制でこれからも生きていけるようにお膳立てしてくれた。さすが、長女である。
ETVOS(エトヴォス)の強さの源泉は、何だろう。お肌に優しいミネラルコスメは、世の中にたくさんある。当時でもライバルはいた。ここからは少し手前味噌だが、やっぱりどう考えても、僕の考えたブランド名がめちゃくちゃカッコいいからだ。と、猛然とアピールしておく(笑
姉のミネラルファンデーションというプロダクトや、考え方を、抽象化して、言語化したのがETVOS(エトヴォス)です。ブランド理論はまた、別の機会に。ブランド設計上は、かなり広範囲なカテゴリで使えるようにしているので、これからの広がりが楽しみだ。
さて、前置きが長くなったけどお金について。
お金は、一言でいうと、尺度です。現代では、重要な経済的尺度のひとつではないでしょうか。
尺度というのは、「長さをはかる道具。ものさし。転じて、計算・評価などの規準・標準」なので、相対的なんです。ここを履き違えて、絶対的な価値として追い求めるときつくなります。
もちろん、お金は経済的な水準を測るものなので、ある一定の水準は必要です。普通に働けば、日本では生活に困窮することもなく、セーフティネットもあります。
では、なぜ絶対的な価値としてお金を求めると、きつくなるのでしょうか?
それは、お金とは相対的なものなので、獲得量に差が出てしまうからです。
姉と僕が典型的な例ですよね。僕が飲む1,000円のワイン(今はお酒やめたけど)が、姉の場合は、100万円になる。僕が国内温泉旅行に行くのが、姉の場合は、世界一周旅行になっちゃう。僕の10万円の時計が、姉の場合は、1,000万円になる。もういいですか?(笑
まぁそんなところです。人間の味覚は、人によって差はないし、腕はどうせ2本しかない。旅行だって時間がないと行けないし。何が言いたいかというと、相対的なものに価値をおいても仕方がないんです。
何故って?そこに価値基準があると、獲得量で優劣が決まってしまうからです。僕は、人に優劣はなく、人は同類だと考えています。人は、人でしかない。
僕も、エトヴォスを創業したときは、お金を求めるチキンレースをやっていました。激走ですね。だから、チキンレースをしない姉は僕を追い出し、僕もチキンレースができないそこから出たかった。そこからしばらく、懲りずにまたチキンレースやるわけですよ。お金の獲得量が多いのが勝者みたいな。でもやっぱり楽しくないわけですよ。お金を求めるチキンレースって。単純に面白くない。
だから、チキンレースは辞めました。そして、自分の価値基準を、生き方や社会貢献に変えたわけです。
すると、絶対的な価値基準だったお金が相対的になって、自己肯定感が生まれ、気持ちに余裕ができました。
たぶん、5年前の僕だったら、姉の億万長者っぷりを妬んでいたと思うんですよ。あのヤローみたいな(笑
でも、今は普通に「おめでとう。タフな時期だと思うけど、無理しなや」的なことを伝えれるわけです。
だからもし、この記事を読んで、お金の獲得量で悩んでいる人がいるのであれば、そこがあなたの求めている本当のフィールドかどうかを、もう一度、見つめ直してみてはどうだろうか。
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