たっきーです。ちょっと大袈裟な題名ですね(笑
先日、日経の記事に「ダイヤモンド電池」なるものがあった。こんな言葉を20年前に想像できただろうか。「ダイヤモンド電池」に「核融合エンジン」まさにSF世界そのものだったものが、現実になろうとしている。まだまだ未知の世界が広がっていると感じる。
閃きや、発想、想像、探求心の源泉はどこにあるのだろうと逡巡。もうすでに僕たちの生活は便利極まりないのに、まだ、何かをしようとする。
月に降り立ってどうするんだ?火星に移住してどうするんだ?
それでも、ロケットを発射しつづけて、ついに人類は、火星探索に乗り出した。
人間の脳はおよそ20万年前からそれほど進化していないと言われている。姿、形も、農耕生活が始まった1万2000年前の遺伝子のままである。
狩猟採集生活から農耕生活に移行するのに約20万年。農耕生活から、歴史が始まるまで約1万年。歴史が始まってからわずか2千年足らずで、人類は宇宙に旅立った。21世紀がはじまってまだ20年だけど、世界はすごいスピードで進化している。
あと10年も経てば、自動車はすべて電動化され、再生可能エネルギーが世界のエネルギー消費の大半を占めるのだろう。木々は生い茂り、空と海はどこまでも青く澄み渡っている。
社会保障は充実し、ベーシックインカム制度で、人々は労働から解放された。労働という言葉は使わなくなり、人々は奉仕活動に従事する・・・。
人類はどこに向かっているのだろう。未来は予測できない。未来を予測するにはそれを発明するしかない。
小説「三体」で、宇宙社会学が提唱されていた。
宇宙社会学の公理は2つある。1つ目は「生存は、文明の第一欲求である」ということ。2つ目は「文明はたえず成長し拡張するが、宇宙における物質の総量はつねに一定である」こと。
この2つの公理はそのまま地球社会学に適応できるのではないだろうか。「生存は、人類の第一欲求である」「地球文明は、たえず成長し拡張するが、地球における物質の総量はつねに一定である」と置き換える。
人類の消費エネルギーは核技術が莫大なエネルギーを提供するだろう。そして、僕たちは生存のためにそのエネルギーを消費し続ける。平和で平穏な暮らしが保証された世界で僕たちはどこに向かうのだろう。SF映画「スペース・スウィーパーズ」では、そんな理想郷が描かれていたが、現実は、遺伝子選別と無差別殺人への物語は進みます。
人類はどこに向かうのだろう。その鍵は、哲学と宗教にあるのかもしれない。答えがあるようでない。


