たっきーです。本日は、日本経済新聞の記事から思うこと。
中国をにらみ、バイデン米政権はアジアへの関与を一気に深めている。とりわけ際立っているのが、日本との連携ぶりだ。ブリンケン国務長官とオースティン国防長官は最初の外遊先として、日本を選んだ。3月16日の日米外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)では中国への懸念を表明し、同盟の結束をうたう。バイデン大統領も4月、ホワイトハウスへの最初の賓客として、菅義偉首相を招く。これらを対日重視の表れと喜ぶのは半
中国をにらみ、バイデン米政権はアジアへの関与を一気に深めている。とりわけ際立っているのが、日本との連携ぶりだ。ブリンケン国務長官とオースティン国防長官は最初の外遊先として、日本を選んだ。3月16日の日米外務・防衛担当閣僚協議(2プラス2)では中国への懸念を表明し、同盟の結束をうたう。バイデン大統領も4月、ホワイトハウスへの最初の賓客として、菅義偉首相を招く。これらを対日重視の表れと喜ぶのは半
中国の軍拡が止まりません。僕たちの地球文明は、やはり戦争や紛争のリスクから解放されることはないのでしょうか。地球社会学、ダーウィンの進化論から考えてみました。
僕の考える、地球社会学の公理1は、三体的にいうと、「生存は、文明の第一欲求である」ことであり、公理2は「文明はたえず成長し拡張するが、地球における物質の総量はつねに一定である」こと。
このことは、種は増え続けるが、地球は、全ての種が生存できるほどの資源はない。ことと置き換えることができる。そして、それはダーウィンの「種の起源」にある生存闘争となる。それは、生物が多産で変異性をもつために必然的に起こるものである。
生存闘争に自然淘汰が働き、適者が生き残って進化するというのが「種の起源」の大筋である。その場合の生存闘争には、環境条件との闘い、捕食者と獲物の闘い、同種個体間の闘争も含まれる。
人類の抱える、暴力的な戦争、紛争をダーウィンの「生存闘争」に結びつけるのは、無理があるかもしれない。自然の「生存闘争」は、種の繁栄の過程で起こる様々な事象を総じている。
だが、人類の抱える暴力的な戦争、紛争を「生存闘争」と捉えたとき、歴史を振り返ると、常にそれは存在していた。
「生存」とは、脅威を取り除き、安全を確保し、食べることである。そうして、はじめて「繁殖」することができた。
人類は、狩猟採集時代から20万年以上も、この「生存」と「繁殖」を繰り返し、現代に至っている。人類にそのDNAが刻まれている以上、どうしようもない本能なのであろうか。
同じ生存闘争でも、テングザルは鼻の大きさだけで、他のオスと無駄な争いをしないように進化してきた。より鼻の大きいオスがたくさんのメスと子を持つことができるのだ。
動物の世界では一般的に、オスの競争が激しくなると、無駄な争いを避けるために「勲章」となるような特徴を進化させるのだ。
米中対立で軍拡が進む世界。米中両首脳の鼻の大きさで、優劣は決めれないものだろうか。
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