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自死について




 

たっきーです。先日の日経新聞の記事が頭から離れません。

 

 

 

日本では、毎年2万人以上、2020年は2万1081人が自殺でみずからの死を選んでいる。2020年は、未成年者の自殺者が最多の777人にぼり、そのうち小中高生が499人を占める。

僕はこの記事を読んだとき、毎年これだけの人が自殺している事実に正直驚いた。東日本大震の死者は1万5899人、行方不明者は2529人である。

 

なぜ人は「自死」を選択するのだろう。

 

僕たちは、自殺者のことを考えるとき、社会的弱者だというステレオタイプ的な見方をする。

そうせざるを得なかったと理解しようとする。

 

遺書や遺族らへの聞き取りをもとに自殺の動機を分析したところ、「健康問題」が全体の48.4%、「経済・生活問題」が15.3%、「家庭問題」が14.8%だった。(日本経済新聞:2021年3月16日)

 

この事実は、ある意味僕たちにバイアスをかける。

本当にそうだろうか。

究極の自己実現の手段ではないのだろうか。

 

自分の命を絶つという行為が誇りある一つの決断だということも、理解しなければならない。人が強い苦悩の中、最後に意を決して一歩を踏み出した、その時の心を、生き残った者が、勝手に貶めたり軽んじたりすることなどできないのだ。引用:臨済宗円覚寺「今日のことば」より

 

自死を選んだ人に理由は聞けない。

 

死のうと思った、考えたことがある、死にきれなかった、その人達からは理由は聞ける。だが、実際にこの世を去った人には理由は聞けない。そこに本当の理由があるにもかかわらず。

 

辛かったのかもしれない、辛くなかったのかもしれない。

必然だったかもしれないし、偶然だったのかもしれない。

 

今、生きている僕たちには、本当の理由はわからない。「反出生主義」や「ポストモダン」など、あとから難しい解説はいくらでもできる。

 

僕たちは自死に至る人達に救いの手を差し伸べたいのだろうか、それとも、自殺に至る社会環境を変えたいのだろうか。

 

YOASOBIの「夜に駆ける」で描かれた「死」への欲求「タナトス」。「タナトス」を擬人化した恋愛歌とも捉えることもできるし、純粋な「死」への哀歌にも聞こえる。

 

「死のうと思うぐらいなら、何かを死ぬ気でやってみたら・・・」

そうじゃない。

「・・・もう、そういうのが、イヤなんだよ。」

 

僕たちの「存在」自体に「意義」を見出すとき、何か答えがみつかるのかもしれない。

 




naohiro YOKOTAKI

NYC合同会社代表/ブランディング&ECコンサルタント/化粧品プロデュース/補助金・助成金サポート/大阪府出身/兵庫県在住/趣味は、水泳、マラソン、ロードバイク、サウナ、筋トレ、読書、映画鑑賞、株式投資/ペットは、チワワ、金魚とカメ/個人的な日常や事業について書いています。

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